メディカルラボ通信
2023年7月号『医学部を目指すための学習アドバイス~化学編~』
2023.8.1更新
高校生の皆さんは1学期までの総復習に取り組む良い時期です。授業のないこの時期に,苦手分野の克服や曖昧になっている知識の補充に努めましょう。
受験生の皆さんは,いわゆる天王山と言われるこの時期にどう学習を進めるかが重要です。8月には第2回の共通テスト模試&記述模試が実施されるので,ここで満足の行く成果を出せるようにしっかり総復習をしておきましょう。
さて,今回はメディカルラボの化学講師の早川泰之先生に,23年度入試のトピックを解説していただくとともに,医学部を目指す上で必要な化学の学習ポイントについてアドバイスをいただきました。
CONTENTS
2023年度の大学入学共通テストを振り返る
2023年1月14日(土)・15日(日)に実施された「令和5年度 大学入学共通テスト」(以下,共通テスト)は3回目になり,出題内容・形式に注目が集まりました。ここでは,医学部受験生が選択した共通テスト理科②「化学」(本試験,以下「化学」)について取り上げます。今後,効果的な対策を進めていくために,〔出題された問題の難易度〕と〔出題形式と内容〕をみていきましょう。
〔出題された問題の難度〕
2023年度「化学」の解答時間・配点は,大学入試センター試験(以下,センター試験)と同様,60分・100点でした。得点調整の実施があり「化学」の平均点は54.01点でした。科目間では,理科②の4科目で物理に次いで2番目に高い平均点です。最終的には「物理」(平均点63.39点)と9.38点差,「生物」(平均点48.46点)と5.55点差になりました。
理科や社会のような教科には,複数の科目があります。得点調整が行われるのは,科目間の得点差が大きい場合なので,毎年,選択する科目によって,どの程度,得点差が生じるか受験生の関心事になっています。
問題自体の難度は,得点調整前の平均点からわかります。下表でその比較をしてみます(「地学」は受験者が少ないため省略)。2019~2020年度はセンター試験,2021~2023年度は共通テストです。
共通テスト「化学」の平均点は,センター試験よりやや低めで推移しており,その平均点は50点前後をキープしています。細かくみると,設問ごとの解きやすさの印象が変わりますが,問題全体を通した難度は,毎年ほぼ変わっていないと考えてよいでしょう。平均点が安定しているのは,作成者の方々の教育経験や情報分析にもとづく問題作成力の賜物(たまもの)です。例年「物理」は「化学」より10点前後高めの点数が出ており,得点を取りやすい傾向があります。また「生物」は平均点の変動が大きく,センター試験では平均点がすべて50点以上でしたので,思考力を重視する共通テストでは作問における難度の調整が難しいようです。
受験生としては「得点調整が行われるくらいの問題」に遭遇しても,失点を最小にするように動揺せず冷静に対応しましょう。どのような事態でも最善の思考と行動をとることが大切です。
「化学」については,上述のように共通テストでの平均点が安定して推移しているため,市販の共通テストの模試形式の演習本や問題集,思考力を要する国公立大学や難関私立大の過去問を数多くこなしておくとよいでしょう。その際,間違えたところを分析して対策を進めてください。
【過去6年間の出題テーマにおける特徴的な物質・化学反応】
今の受験生からすると,2019年度以前のセンター試験の問題はかなりオーソドックスな物質や内容と感じることでしょう。共通テストに変わった直後は,従来と比べて変化したところに注目しがちでしたが,今となってはむしろ現在の内容のほうが普通になってきています。私はこれから先に出題されるだろう目新しい化学の問題が受験生のためになると信じています。
ここで,2023年度の共通テスト本試験「化学」について振り返ってみます。
〔出題形式と内容〕
【形式】
大問数は5題(各20点)で,各大問の出題分野の振り分け〔第1問 理論,第2問 理論,第3問 理論/無機,第4問 有機/高分子 第5問 総合(理論/有機/高分子)〕は,2021年度や2022年度と同様でした。 従来のセンター試験のように学習分野に沿う順番(理論→無機→有機→高分子)でなく,複数の分野を含む大問形式でした。最後の第5問は,2021年度のグルコースの化学平衡,2022年度のアルケンの熱化学方程式や反応速度に関する問題のように,有機化合物を題材とした理論分野の問題形式が定着していく可能性があります。
【内容】
硫化カルシウムという,通常目にしない化学式の結晶が扱われました。塩化ナトリウム型の結晶構造をもつ物質ですが,普段見たことのない物質が出題されても,これまでの学習で知っている物質と共通の項目があるはずなので,本番では慌てずに解きましょう。また例年同様,テングサ由来のコロイドとして身の回りの物質に関連する問題や,イオン半径や物質量について計算結果を各桁の数字で答える問題がありました。
【知識・計算】
・簡単な知識問題
第1問 問1 単結合/問2 ゾル・ゲル・キセロゲル
第2問 問2 電気分解による各電極の反応/問4a 触媒の反応速度への影響
第3問 問1 フッ化水素の性質/問2 陽イオン分析
第4問 問1 アルコールの反応(ヨードホルム反応,不斉炭素原子)/問2 芳香族化合物の反応性/問3 高分子化合物の構造
第5問 問1a 硫黄化合物の製法と反応/問2a ルシャトリエの原理
・簡単な計算問題
第1問 問4a 硫化カルシウムの単位格子の体積/問4c 限界半径比
第2問 問1 尿素生成の熱化学方程式/問3 ヨウ化水素の化学平衡
第4問 問4 油脂に付加する水素分子の物質量
第5問 問3 濃度による透過率測定(吸光度)
・差のつく計算問題
第1問 問3 混合気体中の水の飽和蒸気圧/問4b 実験による結晶格子の密度
第2問 問4 過酸化水素の分解反応の平均反応速度
第3問 問3a 1族・2族金属単体と希塩酸の反応による水素発生量のグラフ/問3b マグネシウム化合物の混合物中の酸化マグネシウムの物質量比率
第5問 問2 硫化水素のヨウ素滴定
【類題】
第1問 イオン結晶のイオン半径:2022 広島大学 第1問 問3など
第4問 過酸化水素の反応速度:2021 熊本大学 第2問 問6など
第5問の「グラフを用いる吸光度の問題」は,あまり問題集ではみかけない内容ですが,2022年度 河合塾『全統プレ共通テスト』の第5問や『共通テスト化学 実験・資料の考察問題24』(岡島卓也著,旺文社。本書冒頭に記載の「4つの思考力メソッド」がオススメです)で取り上げられています。問題集と併せて過去問や模試の活用が大切と考えられる例です。また共通テスト対策などの書籍も有効です。オススメの書籍をご紹介します。
【共通テスト向け書籍】
模試形式の対策(2024年度版など)
・『2024共通テスト総合問題集 化学』(河合出版,2023年6月刊)
・『2024大学入学共通テスト実戦問題集 化学』 (駿台文庫,2023年6月刊)
・『2024年用共通テスト実戦模試(9) 化学』(Z会,2023年7月刊)
・『東進共通テスト実戦問題集 化学』(橋爪健作著,東進,2022年3月刊)
実験問題の対策
・『共通テスト 化学 実験・資料の考察問題24』(岡島卓也著,旺文社,2020年9月刊)
・『化学基礎・化学の実験問題が面白いほどとける本』(青野貴行著,KADOKAWA,2022年2月刊)
・『2024問題タイプ別 大学入学共通テスト対策問題集 化学』(実教出版,2023年3月刊)…第3編:実験・グラフ問題対策
【今後に向けて】
共通テストも実施3年目となりました。試行調査とくらべて,共通テストの傾向が明確になってきました。対策キーワードは「総合的な化学的思考」です。一見,それまでの学習のなかで物質の構造・性質のつながりに気づかなかった項目を関連づけて総合的に問題を解くことが求められています。従来のように,分野での学習で化学の知識を深めていくことは必要です。その上で,思考力問題への対応力を向上させるには,化学の学習を通して,上記『共通テスト化学 実験・資料の考察問題24』の「4つの思考力メソッド」や学校採用書籍『10日間集中 大学入学共通テスト対応問題集-思考問題編-総合化学』(高校化学研究会・啓林館編集部著,啓林館)掲載の項目パターンのように,各分野の垣根を超えた「思考のフレームワーク自体を強化」していくことが大切です。メディカルラボでは,このような最新の問題傾向を常に分析し,共通テストをはじめ各大学への入試対策としてわかりやすく効率的に指導をしています。
【今年度の日程】
令和6年1月13日(土),14日(日)です。「化学」がある理科②は14日(日)15:40~17:50(130分/うち解答時間120分)と発表されています(理科②の試験時間において2科目を選択する場合は,解答順に第1解答科目及び第2解答科目に区分し各60分間で解答を行うが,第1解答科目及び第2解答科目の間に答案回収等を行うために必要な時間を加えた時間を試験時間とする。⇒大学入学共通テスト出題教科・科目の出題方法等及び大学入学共通テスト問題作成方針《PDF》(大学入試センター))しっかり対策して挑みましょう。
私立医学部の出題傾向
私立医学部の一般選抜で出題された問題を取り上げます。試験時間は2022年度の入試と同様で大きな変更はなく,コロナ禍を考慮した出題範囲の配慮もありませんでした。ただ,出題レベルは全体的に若干の易化がみられる大学が増えたように感じました。詳しくは10月発刊予定の『2024年度用 全国医学部最新受験情報』(メディカルラボ編,時事通信社)でお伝えします。
〔私大医学部の出題内容〕
2023年度の私立医学部入試で出題された特徴的なトピックスを挙げます。
●氷の融解による体積変化と熱量(岩手医科大学)
●シクロアルカン置換体の立体異性体(東北医科薬科大学,東邦大学)
●Poポロニウムの単純立方格子(獨協医科大学〔1日目〕)
●ラフィノースの構造決定(獨協医科大学〔1日目〕,大阪医科薬科大学〔前期〕)
●リチウムイオン電池(獨協医科大学〔2日目〕)【良問】
●フェナセチンの構造(獨協医科大学〔2日目〕)
●グリセロ糖脂質の構造と性質(獨協医科大学〔2日目〕)
●β―シクロデキストリンの加水分解(獨協医科大学〔2日目〕)
●人工甘味料の構造(埼玉医科大学〔前期〕)
●電気伝導度(埼玉医科大学〔後期〕,関西医科大学〔後期〕)
●フィッシャーの投影図(埼玉医科大学〔後期〕)
●サルファ剤の還元反応・ジアゾ化・カップリング反応(国際医療福祉大学)
●プルシアンブルーの一種の結晶格子(慶應義塾大学)
●フェロシアン化銅(II)の半透膜を用いた浸透圧実験(慶應義塾大学)
●異性化(ケト型⇔エノール型)(順天堂大学)
●油脂のけん化価,ヨウ素価,酸価(昭和大学〔I期〕)
●合成樹脂(ビスフェノールA,光ファイバー,アルキド樹脂,エポキシ樹脂等)(帝京大学〔2日目〕)
●セラミックス(帝京大学〔3日目〕(ヒドロキシアパタイト含む),藤田医科大学〔前期〕)
●ビニロン(帝京大学〔3日目〕,近畿大学〔後期〕)
●二酸化炭素の化学平衡(東京医科大学,東京慈恵会医科大学)
●アンモニアの新しい合成法(モリブデン錯体)(東京慈恵会医科大学)
●テルミサルタン(高血圧治療薬)の合成過程(東京慈恵会医科大学)
●アンモニア逆滴定(日本大学〔N2期〕)
●プレガバリン(神経障害性疼(とう)痛薬)の構造(日本医科大学〔前期〕)※疼痛…ジンジン,キリキリする痛み
●タモキシフェン(乳がん治療薬)の構造(日本医科大学〔後期〕)
●P2G(Power to Gas:電気エネルギー⇒可燃性ガス)の考察(聖マリアンナ医科大学〔前期〕)
●反応速度定数kの算出(聖マリアンナ医科大学〔後期〕)
●ファンデルワールスの状態方程式(北里大学)
●過ヨウ素酸によるグリコーゲン分解(北里大学)
●機能性高分子(シリコーンゴム,光硬化性樹脂等)(東海大学〔1日目〕)
●アルケンの英語表記(記述)(東海大学〔1日目〕)
●マリケンの電気陰性度の式(東海大学〔2日目〕)【良問】
●高分子化合物の英語表記(選択)(東海大学〔2日目〕)
●アルミニウムの総合問題(金沢医科大学〔1日目〕,愛知医科大学,関西医科大学〔後期〕)
●フッ化ナトリウムの結晶格子(金沢医科大学〔2日目〕)
●ポリ乳酸(金沢医科大学〔2日目〕,藤田医科大学〔2日目〕)
●ザイチェフの法則(愛知医科大学)
●硫化水素の電離平衡,硫化物の溶解度積(藤田医科大学〔前期〕)
●硫化物やハロゲン化物の溶解度積(藤田医科大学〔後期〕)
●EDTA(エチレンジアミン四酢酸)錯体の化学平衡(大阪医科薬科大学〔前期〕)
●α-ガラクトースの構造式(大阪医科大学〔前期〕)
●酸素濃度センサーの原理と利用(大阪医科薬科大学〔後期〕)
●呼吸で出入りする気体組成と酸素代謝(関西医科大学〔前期〕)
●シクロヘキサトリエンの熱化学(近畿大学〔前期〕)
●ルミノール反応(近畿大学〔前期〕)
●アセチルサリチル酸の解熱・消炎効果の作用機序(川崎医科大学)
●水銀の性質とその硫化物(久留米大学〔前期〕)
●燃料電池の電気エネルギーからの起電力(久留米大学〔後期〕)
●多糖類(イヌリン)の質量と浸透圧(産業医科大学)
●化学法則(ラウールの法則等)(福岡大学)
東海大学のマリケンの式,大阪医科薬科大学のEDTAや酸素濃度センサー,福岡大学のラウールの法則などの発展的な内容がありました。また薬剤(フェナセチン,テルミサルタン,プレガバリン,タモキシフェン,アセチルサリチル酸)に関する問題も多くありました。また糖類(ラフィノース,グリセロ糖脂質,シクロデキストリン,ガラクトース,イヌリン)では,基本のグルコースだけでなく,様々な関連物質で出題がありました。
ちなみに,以下は2022年度のメディカルラボ通信5月号で紹介した私大医学部のトピックです。ビニロンなど同様の項目がある一方,出題がみられなかった内容もあります。問題集を早めに終えて,できる限り多くの過去問を解いておく必要があるでしょう。
●物質量の新定義 ●安全ピペッターの扱い方 ●ビニロン ●アレニウスの式 ●実験データの扱い(測定値) ●ミカエリス・メンテン式 ●ヨウ素酸滴定 ●NMR(炭素13核磁気共鳴) ●漂白剤における有効塩素量 ●摩擦起電機,ファラデーの装置,クルクミン ●インジゴ ●メタンハイドレート ●炭酸水素ナトリウムの熱分解に関する化学平衡 ●減圧症予防のための混合気体組成 ●核酸 ●重水素 ●二成分系の気相-液相平衡 ●本多-藤嶋効果 ●ノボラック ●ピロリ菌とウレアーゼ ●リン酸の電離平衡・緩衝液 ●化学史 ●放射線 ●アルコール発酵 ●陽イオン交換樹脂 ●水性ガス,都市ガス ●電子軌道 ●サリドマイド ●エタノールの酸化反応式 ●スダンI(1-フェニルアゾ-2-ナフトール)
〔私立医学部/理科の解答時間〕
2023年度の解答時間は,2022年度と同様であり,変更がありませんでした。また前期,後期の入試日程がある場合,ともに同じ時間でした。
帝京大学は英語以外の2科目選択で120分,日本大学は理科2科目選択で各60分,東海大学は理科1科目選択で70分,その他の私大医学部の理科では時間内に選択した2科目を解答します。2023年度の各大学の試験時間は下表の通りです。
7月時点では,2024年度の変更は確認できていません。また,科目選択のタイミングが「出願時」または「当日の受験時」のどちらなのかは大学によって異なります。必ず2024年度の募集要項で確認しておきましょう。試験時間の感覚を身につけるには,「過去問」,「私立医学部大学別 実力判定テスト」が有効です。